
彼女が“誘拐”されようがゆとりの情けないバンドマン。
猫にマタタビ!男にミニスカ!な自己チューの小悪魔。
二人に振りまわされて暴発した近親の憎悪はVanishing Pointに向かって空漠の物語を加速させる。
シリアス&ナンセンスだからこそリアルに響く“四畳半ガレージ・ロックンロール・ムービー”だ。
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なけなしの「ロック」が居心地の悪い世界にかけるディストーション。
ここにあるのは、バブルとロスジェネの隙間に落っこちた世代の日本男子的メンタリティそのものだ。
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己の欲望に忠実だからこそ馬鹿は美しい。そして馬鹿な男を愛する女はもっと美しい。利口な僕たちは馬鹿の行いを笑うことで彼らへの憧れを誤魔化しているにすぎない。この映画の美しいエンディングには、そんなことをじっくり考えるための時間が用意されているのだ。
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なかなかこんなBitch、日本映画に登場しないのではないか。
ここまでBitchだとなんだか爽快で、やれ!やれ!と応援したくなる。
口をとんがらせて、小悪魔的な笑みを浮かべて、ダメダメな男どもを翻弄しているかと思えば、結局身動きとれずにベッドの上で、寄る辺ない表情を浮かべていたりする。そしてそんなBitchに翻弄されている男どもは、とても「思慮深さ」とは遠いところで行動している輩たちであり、まさに頭の中は空っぽ(エンプティ)そうなのだが、そんな彼らの小さな、小さな物語が、いつのまにやら、大きな物語の様相を帯びてきて、いつのまにやら切羽詰った状況に行き着いている。
結局、人生を突き動かすのは、あるいは映画を動かすのは、「思慮深さ」なのではなく、「情動」、あるいは、「衝動」のようなものであり、しかしながらそこにこそ希望を見出せるのかといえばそういうことでもないらしく、ただただ寄る辺ないまま、ときに走り出したりしてみながら、われわれは生きていくわけである。
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だけど、それでも、明日に向かって走り続けろ!
21世紀ジャパニーズ・ニューシネマの大いなるあけぼのがここにある。
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今や誰もつくり得ないし、つくろうとも思わない、
あり得ない映画がここにある